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健康都市大府市は健康づくりのためにスポーツ活動に力を入れている。そのなかにあって、大府高等学校硬式野球部は、競技スポーツの分野で目覚しい活躍・発展を続けている。
高校野球は人気の競技で、毎年甲子園を目指して多くの高校生が日々練習に励んでいる。愛知県は野球王国と言われ、甲子園で優勝経験のある東邦高校や中京高校(現中京大中京)など私学四強を中心として、強豪校がしのぎをけずる激戦県である。そこに、割って入るのが、“公立高校の雄“といわれている大府高校である。
学校の創立は1949年(昭和24年)で、大府町立の学校として開学した。硬式野球部は1951年6月に創部し、50年以上の歴史を有する部である。
全国大会への切符をはじめて手にしたのは、1964年(昭和39年)の第46回全国高等学校野球選手権大会、いわゆる“夏の甲子園”である。東京オリンピックの開幕を控え、日本全国が熱く沸き立った年である。この時は、初出場ながら、優勝候補の明星高校を破った
ことで脚光を浴びた。残念ながら2回戦で、熊谷商工に敗れた。次の出場は、1980年(昭和55年)の第62回大会。このときは、私学四強の一角、享栄高校を破っての栄冠であったが、これ以後夏の大会の出場はない。一方、選抜高等学校野球大会は、夏の大会出場の翌年の1981年、第53回大会が初である。この時は、槙原寛巳(元巨人)を擁しての出場だった。1993年(平成5年)から95年にかけては、3年連続出場を果たしている。これまでに、夏の大会2回、春の大会4回の出場である。
このように、全国大会でも活躍する中で、プロ野球に進む選手も輩出している。有名なところでは、元巨人の槙原寛巳投手や阪神タイガースの赤星憲広選手がいる。
(『大府高等学校硬式野球部創部50年史』より)
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